時計探訪記 〜ロンドン 後編〜

2024.11.20 Journal by Wolf and Wolff

収穫0のまま(いくらになっても構わなければいくつか買えた)この時計探訪も終盤戦。この日はイギリスで何十年とコレクター兼ディーラーとして活動する男性と会う約束をした。指定された場所は、多くのハイエンドブティックやホテルが立ち並ぶ豪華なエリア。の、小さな時計屋さん。の、地下室。

けっこう以前から彼の素晴らしいコレクションの噂は仲間内でも話題になっていたし、インスタグラムでとんでもないピースを披露し続けているのも目にしていた。が、正直な話、人間性もややとんでもなかったりする。というのも過去にとある個体を巡って些細なことでブチギレさせたことがあるから。けれどそれは珍しい話ではなくて、というのもこんなにクローズドでマニアックな趣味に散財、研究し続けている人に良くも悪くもまともな人は基本的にはいないと思っているから。
まず一つ安心したのは、そのいつかの揉め事を彼はすでに忘れていたこと。

「この写真、記事にあげるから」「Yes」
聞いているのか聞いていないのか、とても小さなかすれた声で写真を承諾し、この日のために遠路はるばる持参してくれた1953年製のエクスプローラー1を手際よく分解してゆく。上の階の売り場では何か大物が成約されたのか、盛り上がっている会話がこの地下室にまで響いていた。

この1953年製のエクスプローラー、すなわち生誕年に当たるこのレガシーピースは、ディテールがかなりややこしい。例えば針のスタイルにルールがあったり、シリアル、ケースバックなど、コレクターが所有するのであれば見逃せない決まり事がいくつもあるから。で、それらのオリジナリティが問題なかったときに初めてコンディションチェックに移行できるのです。

まずい、UVライトをホテルに忘れた。「ライトありますか?」
不機嫌そうに鼻息を吐き、無言で上の階の売り場から借りてきてくれた。この時は本当にダルかった。

全てのチェックを終えた、こちらがその現物。はっきり言って驚異的です。全てのパーツが交換されることなく(50年代の初期スポーツモデルはパーツ交換がまず当たり前)当時のままで構成されていて、且つこの極上のコンディション。1950年代初期特有の漆のような漆黒のミラーダイヤルに、鈍い黄金色に輝く地金。夜光も勿論ラジウムで、これに関しても嫌な劣化が全く見当たらない。おまけに、クリスタルも当時のまま。プラスティックがシュリンクし蜘蛛の巣のようなクラックを引き起こしています。まるで長年クローゼットに眠っていたかのような、そしてまだ眠っているような、なんというか美術品を見ているようでした。

チェック後は現実的な、仕事らしい色んな交渉をして、途中で今日は帰りたいと言われたりと、手に入れるまで全く円滑にはいかなかったわけですがなんとか(強引に)成立。で、最後クラクラになりながら地下室を後にする階段で尻を叩かれそして一言。「さっきトイレに行った間にパーツを入れ替えといたから」。「大丈夫。うち、偽物の時計を売る店で有名だから」、と返しといた。めっちゃ笑ってた。
この人、声でるじゃん。

外は日が落ち始め、配車サービスを呼ぶことも忘れてなぜか足早にアテもなく歩いていて、なんにせよ、とにかく興奮していた。とんでもないものを今、とんでもないエクスプローラーを今、とんでもない値段で買ってしまった。一旦今すぐどこかに入って、自分だけの世界の中で一旦巻いてみよう、ということで目に入ったパブに逃げ込むように入店し、木製のテーブルの上でギリギリとリューズを巻き上げた。70年前のムーヴメントが、そして今にも折れてしまいそうな極細の秒針が、再び動き出す。まるで70年前の時間を刻んでいるかのような不思議な感覚を覚える。ヴィンテージウォッチで時折思うこの感覚こそがこのジャーナルのタイトルであります「日差±百年」に繋がっていたりもします。

翌日、彼からDMが入った。やっぱり安すぎたから追金してほしいとか、そういう類なんじゃないかと開封するのを躊躇った。でも実際は、お礼と、また何か探し物があったら声かけてねと。ただの優しい文面だった。安心したのと、また彼から買いたいと思った。

こちらの記念すべき生産初年度に当たるエクスプローラー1は現在販売中です。ご希望の方はメールかDMにてご連絡お待ちしています。

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