時計探訪記 ~Antiques Roadshow~

2026.01.27 Journal by Wolf and Wolff

11月初旬。”Antiques Roadshow”(骨董品のエキスパートがイギリス各地を巡り、地元の人々が持ち込んだ品物を鑑定するイギリスの老舗TV番組)をネットで見ていた時のこと。
思わず椅子から立ち上がったほどに、このマダムが何も分からずに持ち込んだ一本の時計に衝撃を受けました。

詳しくは、というかまずはこの録画を見ていただきたい。彼女の出番は27分15秒。

要約すると、依頼主の父親であるイアンさん(職業エンジニア)が1950年代に手に入れたであろうROLEX EXPLORER。生前父はいつもそれを着用していたのだが、彼女はそれはきっと偽物のロレックスではないかと疑っている。何故ならもしそれが本物の場合、そんな高価な時計を日常的に着用(仕事中であっても)するわけがないと思うからである。しかしこれは1953年製の正真正銘のヒストリカルウォッチであるという事実が鑑定士より告げられる。最後、驚きの鑑定額を提示され、彼女の神妙な面持ちの「ワオ…」で締めくくられた。

時計が映った場面を何度も巻き戻しては再生を繰り返し、鑑定士とはまた別の視点で眺めた。鑑定士が言うようにコンディションに関してはたしかに優れているとは言えない。しかしここまでプリミティヴな表情の個体、他にあるだろうか。まるで炭鉱のような場所から出土したなんとか時代の貴重な資料源。教科書の写真を見ているような、ある意味テレビ番組的な個体であると僕は思った。
そのあとロンドンの知り合いにリンクを送り、「これ、手に入るか」とテキストした。

それから数日後、「この年末、イギリスのマイナーなオークションハウスにリストされるようだ」と返信がきた。
僕はオークション会社に連絡をしたのだが、国内向けということもあるのか、日本へのシッピングの問題や、そもそもアカウント開設の審査が通るかも怪しい雰囲気があった。結果いくつかの書類を提出し(公共料金の請求書までも)なんとか登録が完了。ただ一つ問題が。開催日は丁度シンガポールから夜帰国し、仮眠をして朝方香港に行かないといけないというなかなか忙しい日だったのです。なのでおそらくオンラインのLIVE参加は難しいと判断し、”Absentee bit”というサービスを利用することに。それは予め自分の予算を提出しておくことで、当日は参加できないプレイヤーの代わりにオークション会社スタッフが札を上げてくれるというもの。僕はこの時計を何がなんでも落としたかった。だから強気にMaximumを設定することにした。

そして日にちが流れオークション開催の日がやってきた。
僕はシンガポールから帰宅し、シャワーを浴びて、LIVEに滑り込みで間に合わせた。この時僕は酷く疲れていて、事前にAbsentee bitをリクエストしていたことをすっかり忘れていた。
お、これは結構な値がついたな。あちゃーこれは出品者泣いてしまうぞ。と、スマホの中でハンマーが鳴り続く様子を俯瞰しながら見ていて、そしてようやくこのエクスプローラーのLotナンバーが紹介された。
開始と同時にすぐに会場にいるプレイヤーが札を上げる。その1秒後、僕もスワイプで入札をする。するとすぐさま重ねるように返される。その後の攻防の速さはまるでロボットのようだった。…わかります。きっとあなたも番組を見たのでしょう。相手はきっと本気だ。でも僕もマジだった。しかしそろそろテッペンが、要はこのエクスプローラーに出せるギリギリのプライスが見えてくる(番組で紹介されたとかワンオーナー物としての付加価値は考慮しない、コンディションに対してのみの純粋な市場価格)。
そしてとうとう自分の限界値を相手が先に取ってしまった。一瞬考えたのち、最後の一打と決めて入札をした。心を込めてスワイプをした。しかし心を込めたら急にAbsentee bitのことを思い出した。

「あれ、こいつ俺じゃね?」。

多分声に出ていたと思う。こんなこと、ありえますか。何かの冗談であってほしい。いや、待って、そもそも代理入札のリクエストがなんらかのあれで通っていなかったんじゃないか?だってもし設定できていたならば今こうしてライブでも入札が出来てしまっていることがそもそもおかしな話ではないか。普通、出るでしょう。代理入札中ですよみたいな画面が普通は出るでしょう。

しかし、相手、というかもう一人の僕はもうこれ以上入札してこなかった。きっちり事前に設定されていた限界値、きっちりの価格をマークした後、煙のように消え去ったのを感じた。そしてハンマーが下ろされた。

翌日、寝不足のまま香港に飛んだ。そしてオークションハウスに勤める知り合いにこの話をした。すると、状況が状況だっただけに説明すればきっと何かしら対応はしてくれるはずだ、とアドバイスをいただいた。
まあ、ものは考えようでもある。たしかにこんなミスをしていなければおそらくもっとお買い得に手に入れられたかもしれない。しかしどうだろう、仮にあの日番組で見た時計が番組の最後でこの金額で売りに出されていたとしたら。それはもう普通に、迷わずGoであったことは間違いないわけですから。

その後、僕はメールを書いた。するとそこに対しての返答は無く、「この度はおめでとうございます」の一文とカード決済のリンクが送られてきた。シカトかい、と、もう一度メールを作り、その際に「そこに答えてくれるまで支払いに対応することはできない」と付け加えた。
それからしばらく返信はなく、数日後に来たメールは青ざめる内容だった。「あなたは自分のクローンを作り、ライブ入札と併用することで他の入札希望者を妨害し、このような低い金額での落札に成功した。よって弁護士に相談します」というめちゃくちゃな内容だった。でもその数センチ下にはまた決済リンクが貼られていた。
こういう話にいやいやその言い分ギリギリすぎますやん、とこちらも足を踏み出すと返り討ちにされることは前職でしっかり学んでいたので、思うことはあるがすぐに決済をした。そしたら「この度はおめでとうございます」って返ってきて、喉に骨がつかえたままではあるが、大ごとには至らず幕引きとなった。

という、かなり前置きが長くなってしまいましたが、何が言いたいかというと、このような隠れたモノホンは必ずしも大舞台で初登場とはならず、最初の最初、所謂”川上”で手に入れようとすると結構ハードルが高い、という話をしたかったのであります。
その後シッピング手配では案の定つまずき、先週イギリスのオフィスまで取りに行くことに。

真冬のロンドン。一泊二日。
パスポートを見せ、いくつもの書類に署名をし、そしてやっと奥のどんな大火にも耐えそうな金庫からまな板のようなトレイに乗せられ僕の元に運ばれてきた。

あらためまして、こちらが今回手に入れた1953年製のRef.6150。いかがでしょうかこの圧巻の迫力。歴史の塊感。
これが所謂”First Explorer”。この初年度には諸説ありますが、共通認識としてはRef.6150とRef.6350の2モデルがそれとされています。ただかなり踏み込んだ話をすると、6350より6150の方がシリアルは早くから存在し、本当に最初の方だとこの個体のように”EXPLORER”の記載が無かったりする。それを人によっては”Pre-Explorer”と呼んだりもするが、僕はそこを分けては考えない派。
そしてこれはExplorerに限らずスポーツモデル最初期に該当するモデル全般に言えることですが、装着されるパーツ類はほんの僅かな期間にしか見られないデザイン(バブルバック時代のディテールを引き継いだような)であることから、後に交換されているなんてことはもう当たり前の話です。しかしこの個体はどうでしょう。要となる注射器のようなフォルムの分針とロングベンツの時針、そしてビッグドットの秒針が取り替えられずに装着されています。さらにプラスティックのクリスタルも傷だらけでおまけに変色はしているもののこちらもなんとオリジナルのままなのです。
どれも細かい部分ではありますが、このようないくつものパーツがそのまま残っていればいるほど、重々しい雰囲気が増してゆく。それが初期スポーツモデルを手に入れる難しさであり、そしてそこを越えた個体でのみ味わえる醍醐味なのだと思う。

それにしてもこのただならぬ凄味や熟成味の正体は一体なんなのか。夜光は削れたり黒く変色したり、秒針箇所は破れていたり。ダイヤルも見る角度やその時の天候によっても表情がまるで違う。何十年も毎日同じ人が使わないとこうならないのかもしれない。それは古いストラトキャスターやレスポールであっても似たような逸話があったりする。

そう、一つ、唯一オリジナルではないパーツが。それはこのリューズ。クラウン下にマイナスが付くタイプは50年代後半から採用されるパーツとなり、53年であればプラスマークのタイプがオリジナルとされている。
プラスリューズは単体で入手することは難しい話ではないので、その気になれば簡単にフルオリ化できてしまう。しかしどうだろう。番組で依頼主が話したように、「父は常に身に着けていた」ということですから、リューズがどこかのタイミングで破損し、新しいものと交換された、と考えるのが自然でしょう。本当にデイリーに着用していたから当然そうなった。その証を変えてしまうとある意味嘘になってしまうのかなと大袈裟かもしれませんが僕はそう思っています。

あとこのブレスレットは僕のコレクションのものを後から装着しました。これはイギリスでのみ流通していた通称WAB Bracelet。形状そしてサイズにいくつかバリエーションがありまして、このタイプは中でも特に珍しいフラッシュフィットタイプになります。さらにこれは20mm用で、19mmは何本か持っていますが20はこの一本しか持っていませんし、売られていることはまずありません。このブレスレットが50年代のスポーツモデルに装着され、イギリス国内で販売されていました。その当時のカタログ写真がこちら。

ご覧のようにラグtoラグ20mm幅に収まるフラッシュフィット、ここまでは良いのですが、そこからテーパーすることなくいきなり15mm幅に直角するこのあまりに違和感のあるバランスもまた1950’s Rolexの不完全さを物語っていますよね。
長くなりすぎました、個体の解説はこのへんで。

最後に。今回はたまたまオリジナルオーナーのご家族からで、それがたまたま最初のエクスプローラーで、それを波乱しながらもたまたま僕が買うことができて、という色んな出来事が相まって今こうして記事を書いているわけですが、だからと言ってそれが個体評価の付加価値になることはありません。
ですが、なんていうか、やっぱりこういう個体こそちゃんと長く使ってくれる人に継承するべきなんだろうなと。見た目の迫力とは裏腹に巻き上げがすごい滑らかで、また動き出した針を見てたらそんなことを思いました。

この時計の冒険はまだまだ終わらない。

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