時計探訪記 ~ロンドン編~
2026.02.14 Journal by
雨がたまに霙に変わる1月のロンドン。前回のジャーナルでご紹介したあの例のエクスプローラー1をピックアップしたその足で予約をしていた時計屋へ。
ここは多分5年くらい前にオープンしたばかりなのに、社長がやり手なのか今やイギリスのウォッチマーケットをリードする存在に。ただ入店までが少々だるい。まずはメンバー登録をして、パスポートなど身分証を予め提出しないといけないわけだが、最新のセキュリティシステムなのか、今その瞬間に撮影した写真のみ有効で、カメラロールに保存してあるパスポート写真を引っ張り出すとエラーになる。それをパスをしたら今度は顔をぐるぐるしながらスキャニングもして、そこで初めて登録が完了。で、やっとアポイント日時を決めるセクションに行けるという流れ。とにかく、長い。
後に聞いたら、ここまでしないと何かあったとき保険が下りないらしい。近い将来世界的にこうなるかもしれませんね。

入店するとまるでブティックホテルのロビーのような広間に、商談スペースがいくつかあって、いくつかのテーブルが他のお客さんですでに埋まっていた。

大きなガラス越しに覗ける地下室では販売前の時計を職人がメンテナンスをしている。
とにかくこのお店は洒落ていて、そして買い手の安心感が武器だろう。
ここで社長がデカすぎる「Hi !」と共に登場。

腕にはおそらく2010年代の永久カレンダー搭載のPP。青のダイヤルがクールだ。
今回僕の、ここでの目当てはランゲ。ランゲ1の初期のモノ。これは仕入れではなく私物として見に来たわけであります。若いスタッフがトレイの上に布を被せて持ってくる。

これがその実機。ランゲ&ゾーネの不朽の名作”Lange 1”は1994年、ブランド復活と共に発表されたラインナップの一つであり、それは後にブランドのアイコン的存在となりました。
デビューの日から今日に至るまで様々なバリエーションが作られてきましたが、サイズは一貫して38.5mm。ただしRolexなど他メーカーと比べるとケースの淵は薄く、要はその分ダイヤルの面積が大きくデザインされているため、腕に乗せると想像以上に大きい。それが僕の細い手首にはアンマッチなのです。
そこで選択肢の一つとしてラインナップされているのが“Little Lange 1”という、現行にはなりますがデザインは変わることなくスケールダウンされた36.8mmのモデル。しかしこれは色んな見方ができる話なのですが、個人的には、このリトルランゲというモデルはウィメンズをターゲットにしていると思うんです、デザインの世界観的に。たしかに近年はシックなデザインもありますが、やはりシェルやダイヤモンド、ギョウシェ掘りもどこか女性的な線のタッチであり、単純にランゲ1のボーイズサイズですとは言い切れないというか。個人的な感覚ですが。
そこでランゲ復活からのヒストリーを色々辿っている中で、たしかにリトルランゲは2018年からコレクションに加わっているのですが、もっと実は初期の頃、1990年代に僅かな期間で生産されていた事実が発覚。
それらは1994年発表のランゲ1の仕様をウィメンズライクに装飾することなく、そのままのマテリアルとカラーラインナップから引き継ぐ形でサイズダウンしただけのものでした。
これだけではありません。なんと、その時代のLittle Lange 1は”36mm”。そう、今のリトルランゲよりもさらに小さいランゲ1が初期の頃にだけあったということです。
で、そんな特殊な初期のリトルをこの店は持っている。
話を現場に戻します。

彼は、このお店は、このことを果たして知りながら販売しているのだろうか。
何食わぬ顔でキャリパーを持ってきてもらい、当ててもらう。やべえ。ほんとにきっちり36mmだ。込み上げる興奮を隠しながら手に取らせてもらう。

一つ気になったのが、この個体はちょっとケースが弱い。要は、研磨によりゴールドケース特有の丸みが出てしまっていた。そこはもう金ケースならば目を瞑る話ではありますが、やはり1990年代や2000年代の時計というものはダイヤルが基本的にはエイジングしない作りなので、ケースが弱いとちょっと嫌なギャップが起きてしまうんですね。
どうしようか遠くを見ながら考えていたら、そしたらなんともう一本持ってきたんです。それも同じPGケースにシルバーダイヤルのタイプで。しかもそれはポリッシュ感が少ないシャープなケースでした。それにしても生産本数、かなり少ないはずなのですが。2本もあるとは驚いた。
結果そのコンディションの良い方を買うことにして(図々しくももう一本の純正ベルトと入れ替えてもらった)、支払いを済ませたあと、僕は得意げにこれがどう特殊なのか披露した。
そう、おめでとう。ただそれだけの反応だった。そっか、僕が早すぎただけか、と思い込むことにして店を後にした。

A.LANGE & SOHNE “Little Lange 1” First generation from 1998.
改めて。
知の結晶のような美しさ。
過去にジュルヌでも同じことを思いましたが、もし仮に僕がヴィンテージウォッチに熱狂していない人生だったとしても、きっとこれは買っている運命にあったと思うんです。
それくらい度を超えて美しいのですとかそういう話ではなく、僕は根底に”ファッションの存在”がいつも毎時どんな時でもあって、要は、自分が昔から究極的だと信じているスタイルの最もピークなポイントに、A.LANGE & SOHNEのLange 1が君臨しているような気がするんです。


この日着ていたPaul Harndenのジャケットとそれからギャルソンのシャツと。見たことないバランスだけれど不思議と一体感があるように思える。これは間違いなく大人の時計だ。
それにしても、ランゲの古いモデルが表立ってフォーカスされたことはこれまでにあったのだろうか。たしか5~6年前に一度、ヴィンテージコミュニティ内で盛り上がった空気はあったけれど、あの時はダトグラフを中心としたプレミアムラインだけだった気がする。そして話題はCartierへとすぐ流れていったように思う。いやどうだったかな。
とにかく確かなのは、ランゲにはまだ派手に引っ掻き回された形跡がない。

※ムーヴメントシリアルとケースシリアルは画像処理で消しています
この最初のリトルランゲはこれからお店でも販売していきたいと考えていて、直近だと早ければ来週か再来週、新たに一本入荷予定です。気になる方はお問い合わせください。
最後に。これを手に入れてからちょっと腑に落ちたことがあります。
ランゲだけに限らずROLEXでもPATEKでも、1990s-2000sに登場した個体に対して、もう30年近く経っているからという理由で“ヴィンテージ”という枠、すなわちそれ以前までの歴としたヴィンテージモデルと同等に扱おうというムードが年々強まっている傾向がありますが、半分は賛成、半分は何かわからないけどモヤモヤするのは僕だけではないはず。
さっきも言ったように、この時代のダイヤルが良い感じに枯れていくことは基本的にはありえません。経年変化、しません。
だから、できることなら別の呼び名と、そのゾーンを確固たるものに仕立て上げる概念、もっと言えば宗教が欲しい。
こういう時にファッションの考え方が役に立つ。
近年、ファッションのマーケットでは1990年代や2000年代のデザイナーズブランドが再評価されています。わかりやすいところだとMartin MargielaやRaf Simonsを筆頭に、限られた一流デザイナーの限られたコレクションのみ、コレクターが存在するほどに加熱していて、そしてその価値観は今や定着しています。
起源を辿ると、面白いことに同時代の時計同様に「果たしてこれは中古なのか。それともヴィンテージなのか」というどっち付かずな微妙な時期がありました。そしてある時「Archive(アーカイヴ)」というネーミングが生まれ、この時代に発表された指折りの名品にのみ、ブランド名の語尾にアーカイヴが付くようになったのです。例えばグーグルでカタカナで「ラフシモンズ」と打ってみてください。検索候補に「ラフシモンズアーカイヴ」と出てきます。
結局は時計も同じことが言えるのではないか、と。実際にアーカイヴと呼ばれるようになるかは別として、このゾーンにはヴィンテージとは全く異なるレリジョンが存在しているのは確かです。
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