時計探訪記 〜パリ編〜
2025.12.23 Journal by何十年も以前の時計であっても、その時代に適合するダイヤルやパーツ、さらには生産本数に至るまで、調べれば大体のことは分かってしまうわけですが、実はまだまだ知られていない、どう分析しても説明のつかない、未開のゾーンはまだまだ存在します。今回は僕がパリで出逢った摩訶不思議な「フランス製のロレックス」についてのお話。

10月のパリ。ディーラーからの紹介で一人の紳士とカフェで待ち合わせをした。
軽い自己紹介と紅茶の注文を済ませると、手際よくナプキンを広げ、その上に一つずつ時計を並べていく。聞くところによるともう何十年とヴィンテージウォッチを蒐集している大ベテラン。その趣味趣向は昔からおそらく変わっておらず、スポーツモデルより以前の、そしてバブルバックよりさらにシュールな、Art Décoスタイルのアンティークウォッチが中心。生粋のマニア(というより狂信者)であるわけですが、僕の世代からするとこの世界観は目新しいわけで、そして今この時代の時計が個人的に超面白い。

PGケース、YGケース。14K、18K、9K。基本的にどれもがゴールドケース(そして全て赤っぽく酸化が進んでいる)で、そして時折謎のアンティークジュエリーも出てくる。それは最も古いヨーロピアンスタイルの時計愛好家であることを証明していた。
そんなイニシエのコレクションの一本で、そして今回のターゲットであった、非常に興味深いROLEXを見せてもらった。

「これは戦時中にフランスのジュエラーが作った1940年代のROLEXです」。
怪しい…。最初は何のことだかさっぱりわかりませんでしたが、よく思い返してみるとたしかにそういう話は以前聞いたことがあった。
第二次世界大戦時、当時フランスはゴールドの輸入を禁止していて、それはスイス製のゴールドケースの時計も対象であったため、RolexやPatekをはじめとするインポートブランドはステンレス時計しかフランスには輸出できませんでした。
しかしゴールドケースを求めるサプライヤーからの要望が強く、そこで各メーカーは何をしたかというと、ムーヴメントとダイヤルと針のみを輸出し、肝心のケースはフランス国内で製作を担うというものでした。そしてそれを請け負うこととなったのが、ケース専門のファクトリーではなく、ジュエラーと呼ばれるフランスのアルチザン達でした。
その結果、カラトラバケースを持つデイトジャストや、まるで古い絵画の額縁のような凝りに凝ったアールデコなケースに入ったチェリーニなど、いくつかのミステリアスな時計が誕生しました。そして今回のこれもそのジャンルのひとつ。

複数パターンのデコレーションが盛りに盛られたケースシェイプからは誰もがそれをROLEXだと認識はできない、とにかく謎だらけのプロポーション。
この時代でしかあり得ない謂わば「大戦モデル」なわけですが、ひとつ説明のつかない、最後まで決断を悩まされたのがこのダイヤルでした。見ての通りどう見ても手書きなんです、これ。しかも心配になるほどの低クオリティ。これは間違いなくROLEXが作ったダイヤルではないでしょう。しかし彼は「French Rolexは手書きのものも珍しくない。それはなんらかの理由があってそうせざる得なかった。これは当時のオリジナルダイヤルで、これまでにいくつか見たことがあります」とのこと。
…。これがもし今日本にいて、いつものように深夜ベッドに横たわりながら、時差のことなんて全く考えてくれない海外のディーラーとテキストを交わす中でこれを提案されてもまずパスしていたと思う。それくらい、データの取れない個体を日本のコレクターに販売することは難しい。ですがこれはもう直感で、というか勘で、いってみましょうかと。経験上なんとなく、これは逃してはならない、そんな気がしました。
それに皆さんも見たことがあるかもしれませんが、今いくつかのIGアカウントで、フランスのジュエラーが製作したRolexやPatek、さらにはAudemarsやHermesなどを中心にコレクションしているニュータイプのコレクターが出現し始めているんですよね。結論その存在が購入の後押しだったかもしれません。
取引が成立し、とっくに冷めているポットの紅茶を飲み干し、さぁここからはこの抜け落ちたパズルを完成させるためのピース集めが始まります。まず着手したのはケースです。

とにかく人に片っ端から連絡をして、French Rolexだと思われる写真を集めました(中にはインターネット黎明期にポストされたであろう写真や記事も)。その上でそれら個体にほぼ共通して言えるのが、まず側面に必ずイーグルのホールマークがあることでした。

そしてケース内側にジュエラーが入れたであろう3桁もしくは4桁の独自のシリアル(?)と、それから製作者を特定できるホールマーク(家紋のようなもの)がスタンプされていることも共通していそうです。このマークについて追ってみると、L.Rychlowskiという北フランスのジュエラーに辿り着きました。ケースはこれでOKそうですね。
次にダイヤルですが、これに関してはディーラーがヒントになるような素材を見つけて送ってくれました。


これらは同じく1940年代で、メーカーはフランス(現在はたしかスイスです)のLEROY&FILS。特徴的な赤いインデックスや数字のフォントなど全体のデザインがけっこう似ている。そしてこれらもプリントではなく手書きのように見えます。おそらくここと同じダイヤルメーカーのはず。
これだけでもけっこう惜しいところまで来ているような手応えがありましたが、これらを確実なものへと導いてくれたのが僕が見つけたこの一枚の写真。

これはどう考えても仲間です。やっと仲間を見つけた。そしてこの時計の持ち主はなんと「Mister Rolex」の異名を持つJames Dowling氏でした。

きっと彼に知らないことは無いはずなので、僕が手に入れたこのミステリアスな時計について教えてくれませんかとメールを書いてみることに。
するとすぐに返信が来て、そこから何通もやり取りをしたのですが、要約するとFrench Rolexには3つのパターンがあると推測しているとのことでした。
まずラウンドケースの場合はRolex社で製作されたスイスメイドのダイヤルが入るらしい。一方でケースがスクエアとレクタンの場合、それらにはROLEX社製のダイヤルではなくフランスで製作されたダイヤルが入り、さらに言うとダイヤルメーカーが手がけたプリンテッドでクオリティが高いバージョンと、ケースを担当したジュエラーがダイヤルまで製作したハンドペイントバージョンがあるということ。ですので今回のこの個体は3つ目に該当するわけです。やはりレジェンドの見解は期待通りでした。
それでもしつこく、これは本当はオリジナルの姿が別にあって、それをリフィニッシュしたものである可能性があるかどうかも聞いてみたらこれまた興味深いことを教えてくれました。
「ジュエラーがダイヤルも製作した場合、そのダイヤル自体の素材はケース同様ゴールドである」。
たしかに。これには驚きました。ダイヤルマテリアルがゴールドであることに全く気付いていなかったから。たしかにLEROYも、Mister Rolex所有のFrench Rolexも共にダイヤル素材はゴールドに見えますよね。
最後に、来月発売される氏の書籍の宣伝までいただいて(French Rolexも掲載されているらしい)、このパズルは完成に至りました。
まとめると、この時計は北フランスのジュエラーL.Rychlowskiによりケース及びダイヤルが製作された、純正のROLEXムーヴメントと針を搭載する1940年代フランスでのみ販売された極めて特殊なROLEXである。ということにまとまり、長すぎた一日が幕を閉じた。

旧来、高額で価値あるヴィンテージウォッチというものは、たしかなエビデンスを元に大勢のコレクターが頷かないかぎりは存在が認められることはありません。僕も普段はその偏屈なジャッジマンの一人かもしれません。ですがさっき話に出たFrench case専門のコレクターの話じゃないですけど、まだ公には知られていないジャンルを、少数の愛好家同志で(それも拘りが偏った)、「経験と憶測」を頼りにストーリーを形成してゆくエネルギーに、僕は今の時代の数少ないホンモノを感じています。
その帰り道、何故か徐にヴァンドーム広場のCharvetに入り、時計のイメージに合ったカシミアのマフラーを買って帰りました。

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